奇跡的な出会い
あなたは運命や奇跡というものを信じますか。また、それらを感じたことはありますか。このように書きだすと宗教的な話か哲学的な話から始まるのかなと思うかもしれませんね。しかし、実際に運命や奇跡と言っていいような体験をしたことのある人も多くいることでしょう。
ここで言いたいのは日常においての話なのです。その中で特に人と人の出会いというのは奇跡であり運命だと私は思うのです。しかし、運命や奇跡なんて言葉では言い表せないほどの出来事も起こるのが人生なのです。
私たちがこの世に生まれてきたことも来たことも奇跡だと思いませんか。この場所や時間に生まれようと思っても選べるような事ではないのです。赤ん坊は親を選んでくるのだという一説がありますが、実際に私たちは意識を持って認識した覚えはないはずです。
ただ、この生まれていきた場所や時間は運命を左右する大きな要因となるでしょう。何故なら同じ時代、同じ場所に生れなければ目の前にいる人との出会いもなかったでしょう。また、自分の意志でどうすることもできない幼い時期であれば同じ場所によっての出会いがほとんどではないでしょうか。
ある程度の年齢になれば自分の意志で場所を変えることもできるでしょう。しかし、人生を過ごす時代は選べないのです。また、自分の意志で場所を変えることもできますが、その場所を選んだのは自分の選択によってでしょう。そこで新しい出会いや出来事があれば、それは自分で選んで決めた人生であり、運命でもあると言えるのです。
もし、その時に自分がその場所にいなければ経験できなかったことがたくさんあるはずです。そこでの出会いもなかったかもしれません。そのように考えると出会いというのは運命でもあり奇跡でもあると言うことなのです。
男女の出会い
出会いの中でも男性と女性の出会いというのは特別なものでしょう。他の出会いとは違い、さらに新たな奇跡を生む可能性を秘めているからなのです。
男性と女性の出会いというのは動物の一種として組み込まれた太古からのメッセージ、つまりは太古より受け継がれる本能なのです。男性は女性を、女性なら男性を求めるように人間の脳はできているのです。これは誰に教えられることもなければ、強いられることでもありません。
また、男性と女性の出会いというのはお互いが惹かれあわないと成り立たないのです。お互いに魅力を感じて惹かれることで強い絆が結ばれるものなのです。そして、これも動物的な本能によるもので、自分に相応しい良い遺伝子を残したいと予め脳に刻み込まれているのです。
それは容姿が綺麗であったり良い性格をしていたり、人それぞれでしょうがそれらを求めるのは本能によって要求されているからなのです。これはごく自然な現象であり、自分が持っていないものを異性に求めて惹かれます。そして、良い子孫を残そうとするのです。
ただ、すべての人が同じ人を好きになるわけではないですよね。そうならないのは、私たちそれぞれは好みやタイプを持っているからなのです。また、それらが自分の存在を示すものにもなっているのです。
性格や健康面、容姿などいろんな要因から人間は異性を選別して子孫を残そうとしているのです。これはより優れた子孫を残していこうとする種の保存という動物が抱える本来の生きる意味なのです。しかし、そこまで意識して生活している人もほとんどいないでしょう。
そのようなことを意識しなくても自然と脳で判断して行動できるように人間の体はできているのです。しかし、人間というのは他の動物の異なる進化を遂げてきました。特に人間は他の動物にはない脳の発達が大きく、それ故に他の動物にはない感情や思考を持つようになったのです。
そして、恋愛もそれとひとつなのです。ただ恋愛にも種の保存では説明できないこともあります。同性への愛というのも人間にはあります。それも含めて男性と女性の恋愛はとても複雑なものです。恋愛というのは出会いの延長戦にあるものだろうと思われているでしょうが、そうとは言い切れないところもあるのです。
恋愛の始まりというのはすべてが出会いから始まるものです。出会いが恋愛の第一歩になることは間違いありません。その出会いはいろんな奇跡が重なって起こったことなのです。そこから始まる恋愛は奇跡を確信的にして、その出会いを意味のあるものにしてくれるものなのです。
価値観や感性
異性を自分の価値や感性に合わないと最初に思ってしまって、相手に駄目だというレッテルを張ってしまう人もいるでしょう。そして、それ以降受け付けないのです。これは現代社会によくあることです。人それぞれ異性にもと求めているものはありますが、それを完璧に備えた人もいないでしょう。
出会いというのはいろんな人の価値観や思いを一度受け入れることが大事なのです。他人を受け入れることで気持ちの中で変化が起こったり刺激をもらえたりします。そこから自分オリジナルの価値観が新たに生まれるかもしれないのです。
